コラム

ハイコンテクスト文化とローコンテクスト文化

2017.06.04

このコミュニケーション環境を説明するのに役立つ概念として、アメリカの文化人類学者であるエドワード.T.ホールが唱えた「ハイコンテクスト文化とローコンテクスト文化」という識別法があります。この識別により、国や地域のコミュニケーションスタイルの特長が理解しやすくなります。
ここで使われている「コンテクスト」とはコミュニケーションの基盤である「言語・共通の知識・体験・価値観・ロジック・嗜好性」などのことです。

ハイコンテクスト文化とはコンテクストの共有性が高い文化のことで、伝える努力やスキルがなくても、お互いに相手の意図を察しあうことで、なんとなく通じてしまう環境のことです。
とりわけ日本では、コンテクストが主に共有時間や共有体験に基づいて形成される傾向が強く、「同じ釜のメシを食った」仲間同士ではツーカーで気持ちが通じ合うことになります。ところがその環境が整わないと、今度は一転してコミュニケーションが滞ってしまいます。お互いに話の糸口も見つけられず、会話も弾まず、相手の言わんとしていることがつかめなくなってしまうのです。このことから、日本においては、「コミュニケーションの成否は会話ではなく共有するコンテクストの量による」ことと、「話し手の能力よりも聞き手の能力によるところが大きい」ことがわかります。

一方、欧米などのローコンテクスト文化ではコミュニケーションのスタイルと考え方が一変してしまいます。コンテクストに依存するのではなく、あくまで言語によりコミュニケーションを図ろうとします(見方を変えればコンテクストに頼った意思疎通が不得意とも言えます)。そのため、言語に対し高い価値と積極的な姿勢を示し、コミュニケーションに関する諸能力(論理的思考力、表現力、説明能力、ディベート力、説得力、交渉力)が重要視されることになります。

ハイコンテクストとローコンテクストの違い

したがって、ハイコンテクスト文化とローコンテクスト文化ではコミュニケーションに対する考え方や求められるスキルが異なります。それらの違いはコミュニケーションが「コンテクスト依存型」か「言語依存型」と大別できますが、さらに具体的な違いをまとめると下記のようになります。

ハイコンテクスト文化
聞き手の能力を期待するあまり下記のような傾向があります。

  • 直接的表現より単純表現や凝った描写を好む
  • 曖昧な表現を好む
  • 多く話さない
  • 論理的飛躍が許される
  • 質疑応答の直接性を重要視しない

ローコンテクスト文化
話し手の責任が重いため下記のような傾向があります。

  • 直接的で解りやすい表現を好む
  • 言語に対し高い価値と積極的な姿勢を示す
  • 単純でシンプルな理論を好む
  • 明示的な表現を好む
  • 寡黙であることを評価しない
  • 論理的飛躍を好まない
  • 質疑応答では直接的に答える

ここで一例を挙げましょう。
ある商社で「先週のインドネシアでの商談はうまくいったのかい」という問いかけがあったとします。日本型のコミュニケーションスタイルでは、
「人間万事塞翁が馬。今のインドネシア情勢の変動は激しく予断を許さないからね。今回の契約もどうなるかとヒヤヒヤしていたんだ。人間諦めないで最後まで頑張ってみるものだね・・・・」
のように、問いに対する答えを直接的に伝えることよりも、周囲の状況や自分の感情などを詳細に説明することで共感を求め、肝心の答えは相手に推測してもらおうとする傾向があります。

一方、英語型のコミュニケーションスタイルでは、
“It was so successful. We got two new big contracts there.”「非常にうまくいった。大きな新規契約を2つ結んだよ」
のように、問いに対する回答や結果などの重要な情報を明確に伝えます。推測しなければならないような回答は、伝達側の努力不足でありルール違反であり、非常に無責任なものととられます。

日本人とアメリカ人が会話をすると、アメリカ人が盛んに話し、日本人が聞き手にまわっているのをよく見かけます。その理由は、一般には英語で会話しているからだと考える人が多いと思います。ところが実際にはアメリカ人と日本語で会話をしても、相変わらずアメリカ人の話す割合が圧倒的に多いのです。1日の会話量を計測したある調査データによると、平均してアメリカ人は日本人の2倍の量を1日に話すそうです。
ローコンテクスト社会では、日本人が想像する以上に、言葉によるコミュニケーションが重要視されているのです。

グローバル社会は究極のローコンテクスト社会

それではグローバル社会で求められるコミュニケーションのスタイルや考え方とはどのようなものでしょうか。その答えもこのハイコンテクスト・ローコンテクストの識別で導き出すことができます。グローバル社会は経験・知識・価値観・人生観・倫理観、その他宗教や歴史など全てが異なり、さらにお互いに偏見を持ちあっている現実もある、究極のローコンテクスト社会です。その中でかわされるコミュニケーションは、極言すれば「通じない」ことを前提にしなければならないと言っても過言ではありません。

つまり、グローバル社会においてはハイコンテクスト社会のコミュニケーションは十分に機能しないと言わざるを得ないでしょう。本人は頑張っているつもりでも「コミュニケーションに熱心でなく、誠意がなく、能力もない」と評価されてしまう危険性が高いのです。さらにグローバル社会ではコミュニケーション能力の評価が重要なポイントとなり、そこに仕事の能力をオーバーラップさせて評価する傾向が強いのです。どんなに素晴らしいアイディアや商品を持っていたとしても、表現力がないだけで受け入れられない危険性がつきまとってきます。コミュニケーション力が十分でなければ、まともな人付き合いや仕事も難しい—–それがグローバル社会のルールです。

日本のビジネス環境もローコンテクスト化が進行

したがってローコンテクスト型コミュニケーションに対応していくことは、グローバル社会への第一歩と言えます。さらにこの対応は国内においても求められています。日本という国家が本質的な国際化を遂げようとしているいま、グローバル化とは海の向こうのことではなく、日本国内を主な舞台として進行していることなのです。インターネットマーケットには国境は存在しませんし、外資の進出などで日本企業が外国人とビジネスを行うことも増加の一途をたどっています。

また、日本人同士であっても、価値観が多様化し、特にビジネス社会においては若手社員と管理層の間に代表されるように、コンテクストを共有することが非常に難しくなってきています。つまりローコンテクスト型コミュニケーション力の修得は、日本のビジネス環境において誰もが求められることになってきているのです。

ローコンテクスト型コミュニケーションでは、先に述べたように「言語」による情報伝達が主となります。そして相手のコンテクストに関わらず、正確に伝えるためには論理性が非常に重要となります。そしてローコンテクスト型社会には、その論理性を高めるためのルールやスキルが存在します。異なる基盤を持つ者同士がコミュニケーションを行うためには、相手が自分の事を何も知らないという前提で、お互いが理解しやすいように話す工夫があるからです。

パンネーションズではこのスキルを日本人向けにアレンジし、誰もが学習できるよう体系化することに成功しました。
パンネーションズではこれを「アウトライン化技法」と名付け、ロジカル・コミュニケーション®研修の商標登録を取得しています。
アウトライン化技法を使うと、自分の話したいことが的確に整理でき、相手に正確に伝えられるばかりでなく、相手の論理性の欠如を指摘することができ、情報を正確に理解する能力も高まります。また、会議などグループでディスカッションする時にも論理的な基盤の上で進行することができます。

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論理性が失われる2つの情報劣化

2017.06.04

私たちのコミュニケーションからどうしてこの「論理性」が失われてしまうのでしょうか?それは情報伝達の際の2つの劣化が原因です。

第一の劣化:話すときの劣化
私たちは自分の頭の中にある考えや情報を、整理・理解しないまましゃべることがあります。その結果、適切な言葉に変換できず、もともと伝えたかったものとは違う情報が相手に伝わってしまいます。これが話す時に起こる劣化です。あなたが「どうも上手く言葉にならないなあ・・・」と思いながら話している時にはこの劣化が起こっています。

第二の劣化:聞くときの劣化
人が話を聞く時は、「自分の好きなように」聞く傾向があります。聞き手が自分の「知識、経験、思想、価値観、好み」というフィルターを通して、勝手な理解をしてしまう。これが聞く時に起こる劣化です。心理学用語ではこの劣化をメンタルモデルの干渉といいます。さらに聞く時にはメンタルモデルの干渉以外に、記憶力や集中力の欠如によっても情報が簡単に欠落し、劣化が起こります。「勝手にイメージしていた・・・」「うわの空で聞いていた・・・」というあの状態です。

こうした情報の劣化は、世界各国で日々行われている様々なコミュニケーションで起こっている事なのですが、実はここ日本は、世界で最もこの劣化が起こりやすい環境にあるのです。これは日本独自のコミュニケーションスタイルを可能にしているのですが、これが論理性を損なう大きな要因となっています。

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コミュニケーション能力は才能ではない

2017.06.04

このように多くの企業で問題が多様化しているコミュニケーションですが、そもそもコミュニケーションとはそれほど難しいものなのでしょうか?

私が断言しましょう。実はシンプルでカンタンなのです。それも極めて。こんな事を研修の冒頭で私が言うと、だったらこんなに苦労しない。難しいからこそあなたのセミナーに参加したんじゃないか、という声が聞こえてきそうです。あなたもそう思われますか?でもちょっと待ってください。そもそもコミュニケーション力って、何かの才能だと思っていませんか?例えば芸術やスポーツに求められるセンスのようなものがないとダメなのではないかと?

確かにおしゃべりにはセンスがあります。お笑い芸人のように、ひとつの話題を面白おかしく、1時間でも2時間でもおしゃべりするあの才能です。私にはとても真似のできない芸当です。
あれをコミュニケーション力と定義するのなら、確かにコミュニケーションはとても難しいことだと思えてしまうのはもっともなことです。しかし、私たちのビジネスで求められるコミュニケーション力とはお笑いのセンスでしょうか?または立て板に水を流す如くしゃべり続けることでしょうか?

冷静に考えてみてください。もしあなたがそんな事をお客様の前でやり続けたなら、イライラされて、やがて信用をなくし、間違いなく商談は中止となってしまうでしょう。
それは相手の求めるものが、感性を刺激するエンターテイメントではなく、内容が自分のメリットになるかどうか、情報が信頼できるかを判断するための整理と理解にあるからです。一言で言えば内容をわかりやすく誤解のないように伝えることが求められているのです。

それでは、わかりやすさとは何でしょうか?私たちパンネーションズはそれを「論理性」であると定義しています。コミュニケーションが上手くいかない原因は、この「論理性」の欠如にあると言っても過言ではないでしょう。
よく「話が論理的である」と言いますが、それは情報が上手く整理され、情報の正確なやりとりが出来ている状態を指しています。

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教育研修担当者様から若手社員に関する相談が急増

2017.06.02

コミュニケーションに悩む若手社員、営業職、管理職。

ここ数年、企業の教育研修担当者様からこんな相談を受けることが増えました。
「優秀だと思って採用した若手社員が、どうも力を発揮しないのです。研修をやっても反応が薄く、とにかく講師の問いかけに反応しない。それでは内容に問題があったのかと聞くと面白かったと言う。また、会議で発言はするが、何を言っているのかさっぱり的を得ていない。そのことを指摘すると上の指示が的はずれなのだと怒りだす始末。あげくの果てに取引先からまともなやりとりが出来ないので担当を変えてくれと言われてしまう。やる気がないわけではないし、頭も悪くないと思うのだが、どうも人間関係を上手くつくっていけないようなのです。正直、お手上げ。解決策がありません。」

困り果てた教育担当者様の多くは、スピーチやディベート力を高めるための研修や、「地獄の猛特訓」のようなモチベーションを高めるセミナーに参加させてみるそうです。しかし、表情が晴れやかなのは数日だけで、2週間もすれば元の状態に戻ってしまうのだそうです。

人間関係の問題は、ポジティブ思考や根性など、個人のやる気や感情を変えるだけでは決して解決されません。それは、人間関係には相手が存在するからです。そして相手の状態を自分で選んだりコントロールすることはできません。だから自分の気分を盛り上げても、相手が同調してくれないと長続きしないのです。

人間関係を改善する上で最も必要な能力は何でしょうか—-それはコミュニケーション力です。コミュニケーション力とは、自分のことを相手に理解してもらい、相手のことを理解する能力のことです。こう書くと単純ですが、いま、多くの企業ではこのコミュニケーションの問題が多発、というより問題だらけの状態となっています。先にあげた若手社員だけではなく、管理職もコミュニケーションに悩んでいます し、セールスの現場でもそう、さらに相手が外国人となると、事態はもっと深刻化し、コミュニケーション上のトラブルが原因で訴訟や解雇などに発展するケースもあります。

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